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バチが当たる

私はバチが当たるという表現が好きだ。

実際に、口に出すことは少ないが、頻繁に意識している。
例えば、何かを批判したくなっても、こんなこと言ったら、バチがあたるからやめとこう、と思うケースなどだ。誰かが明らかに理不尽な振る舞いや態度をしたり、論理的に矛盾があったりするケース以外は、基本的に他人の言動などに言及することはない。というか、そういうことをすると気分が悪くなるし、実際に体調が悪くなってしまうこともある。

ただ、バチが当たるという表現を意識しているものの、私は神事に明るくない。
日本人が無宗教であるとよく言われる(厳密には無宗教ではないと言及されることもある)ように、私も特に宗教を意識しているわけではない。

しかしながら、ヒトの倫理は少なからず宗教的なものに結びついているとは思う。

"バチが当たる"だけではなく、"ゲン担ぎ"や、"ツキが回る"などいわゆる宗教的な(科学的ではない)言葉というのは多い。
実際、やはり世の中超越的な力というか、言葉でも科学でも説明出来ない力というものは確かに存在していると、これまで生きてきて感じるところではある。
あまりこの部分を深堀すると、収拾がつかない議論になりそうなので、一旦ここまでにしておく。

経営者でも、毎日神棚に向かう方や、ここぞというときに神社に参拝する方や、風水や占いなどを気にする方は思いのほか多い。彼らは当然、ビジネスはスピリチュアルなものではなく、地に足をつけ、生き馬の目を抜くような実力主義であることは百も承知である。
しかし、やはり最後の最後は時の運というような"自分たちが決められるもの"以外の超越的な力に頼らざるを得ないと考えている経営者は多いだろう。

特に、日本のビジネスには"三方良し"という概念がある。"売り手"と"買い手"と"世間"、すべてに貢献することでビジネスが成立するというものだ。これは、ゲーム理論的に、誰かに裏切られたら自分が不利になるので、関係性を築く選択肢を取るというような消極的な損得勘定だけではなく、自己の倫理に基づいて積極的に取り組んでいるケースが多いだろう。
日本は創業100年以上の企業数が世界で断トツ多いといわれている。これは、地理的に競争に晒されないからという理由もあると思うが、三方良しの考え方が密接に関連しているのだろうと思う。

若干話は逸れるが、"日本からGAFAはなぜ生まれないのか!"とモノ申す自分では何もしない評論家たちが定期的に湧いてくることがあるが、"なぜ日本以外の国では100年以上続く企業が少ないのか"という議論はあまり見かけない。そもそも、GAFAは世界でも4社しかない。日本どころか米国でも例外中の例外だ。(とはいえ、文字通り4社を対象にした話ではなく、ユニコーン企業等も含めたいくらかの企業だとは思うが、それでも異端の企業だ)。この議論はたいてい米国ひいてはサンフランシスコのエコシステムに帰着するが、それと同様に、先ほどの100年続く企業の話も、同様の流れで帰着出来るだろう。
実際、今後人口は減少し、100年以上の企業もどんどん減少する(あるいはM&Aなどで継承される)とは思うが、この三方良しの考え方を実践しているビジネスが残り続けて欲しいと願う。

さて、最後に、私が宗教と倫理について考えだしたのは、学生のころ読んだ小説がきっかけだった。それまで宗教はなんとなくカルトっぽい印象を持っていた。その小説は、三浦綾子 "塩狩峠" である。著者の三浦綾子氏は、自身がクリスチャンでそれをテーマとした小説をいくつか書いている。(同時に、“氷点”という作品もおすすめしたい。)
塩狩峠では、キリスト教がまだ差別されていた時代に、主人公の少年が、成長するにつれて紆余曲折ありクリスチャンになる話である。内容は実際に読んでもらうとして、私はこれを読んだときに、もし、人の倫理を規定するルールがあって、それをすべての人間が守ったら、争いはなくなるんだろうな、と感じた。(それがまさしく宗教のことではあるのだが。)
それ以来、宗教は尊いものだと考えている。とはいえ、参拝など宗教にあやかった行動をあまり出来てないから、偉そうなことはいえないのだが。

小さいことだが、バチが当たるというのは意識していこうと思う。

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