ZUUHE BLOG

強者に寄り添う

クレイトン・M・クリステンセン『イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ』より引用

ダイアナという名の研究員が、夫と一緒に二人の子どもの相手をしているのが目に入った。
ダイアナは研究所で重要な職務についていた。(中略)
チームに二十数名いた研究員は仕事柄、ダイアナから検査の結果がまだ返って来ないと、不満をもらすこともあった。
全員の力になりたいのに、新興企業に買える装置の数は限られていた。少ない装置と、一日一〇時間の勤務時間をやりくりするしかなかった。

だがわたしがあのとき目にしたのは、いつもとまったく違うダイアナだった。
わたしはダイアナと夫が二人の子どもたちに深い愛情を注いでいる様子に、心を打たれた。
このようなダイアナの姿を垣間見たことで、彼女を人生全体という観点からとらえるようになった。(中略)
わたしは彼女が毎朝家族に「行ってきます」と言って仕事に向かうとき、どんな様子だろうと思い浮かべた。 (中略)
彼女は正当に評価されなかったと気落ちし、(中略)家族のもとへ帰って行った。
職場での一日が、彼女のその夜の夫や子どもたちとの関わり方に、芳しくない影響をおよぼすのは明らかだった。

2020年1月末に亡くなった世界で最もビジネスの現場に影響を与えた経営学者の一人であるクリステンセン氏の著作からエピソードを引用した。
エピソードを読んでもらったら分かる通り、クリステンセン氏は同僚のふとした一面を垣間見て、その同僚の感情を想像し、深く共感し、悲痛な感情をあらわにしている。

クリステンセン氏の繊細な愛情深さが伝わるし、読み手側も自分の身の回りの人に置き換え、情景を浮かべたのではないだろうか。
このエピソードは、仕事におけるインセンティブの理論へつなげるためのきっかけとなる重要なエピソードだ。興味があれば、読んでみてほしい。

クリステンセン氏は、経営学者であるが、企業のケーススタディを取り上げて、この戦略は失敗だ!とこき下ろすような無責任な評論家ではなく、上記のエピソードのように誰に対しても深いリスペクトを持つ方だ。

彼の一番の代表作は、いわずもがな、"イノベーションのジレンマ"である。同書は、なぜ大企業は、後発企業のイノベーションに呑まれてしまうのかを解明した不朽の名作である。
しかし、なぜ、彼がこの名作を書けたのか、という視点でこの本の素晴らしさを紐解くと、間違いなく、クリステンセン氏が持つ他者に対する深い愛情に起因するであろう。

彼が素晴らしいのは、“なぜ大企業は、優秀な経営陣や素晴らしいプロダクトを持ち、かつ、顧客の声に熱心に耳を傾けて、それに応えるようにプロダクトの質を上げているのにも拘わらず、失敗してしまうのか?” という問いからすべてが始まっているところだ。
つまり、"大企業は思考停止しプロダクトを磨かず、既得権益に甘んじ、顧客の声を聞かない"と評論する事後諸葛亮達が群がるような領域にはいない。

大きい組織や強いものというのは、批判的に見られがちだ。
特に、実利的な組織や人は批評の対象となりやすい。悪いケースだと、批判されてしかるべきだと思われていることがある。
例えば、最近私が非常に心を痛めたエピソードの一つとして、役所には、毎日のように"お前たちは俺たちの税金で働いているんだ!"と威圧しながら問い合わせをしてくる人がとても多いという話だ。これは単純に強い組織に逆らうというよりも、自分に逆らってこないであろう他人に偉そうにしているというニュアンスが強いが、あまりにも容赦ない、ひどい話だ。役所の対応に各論では反対があれども、こんな態度が許されていいはずがない。

批判されがちな一方で、強者は、思いのほか非常に脆弱で、いとも簡単に崩れてしまう。その結合は弱く、組織であっても"孤独"なのである。

最後に、私が最もミスリードしてほしくないのは、このような考えは権威主義的なわけでも、絶対的な保守主義なわけではない。

ただ、たとえて言うなら、保守的(政治の主義としての保守ではなく、文字通りの保守的)というのは、これまで多くの人たちが支えたような"合理的な"合意形成が存在する。ある欠点を晒上げて、徹底的に穿った見方で評価し続けるようなことは望ましくないだろう。
強者"も"脆く、孤独であり、深い愛情とリスペクトを持って、寄り添うことが大事だ。

Tweet

© 2020 ZUUHE