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真理を得て、どうするの?

世の中にはストック思考で生きている人と、フロー思考で生きている人がいる。
ストック型の人間はとりあえず将来の為にコツコツと努力し、職業人としての市場価値を追い求めたり、将来の目標のために能力向上や実績作りすることに勤しむ。
フロー型の人間は、極端にいえば毎日が楽しければいい。今に集中して、人生を生きる。
どちらが良い悪いではなく、人生の歓びの総量を最大化するという目的は同じだがアプローチが違う。

近年、"マインドフルネス"などで注目されるような考え方は後者に近い。
私もいくつかマインドフルネス関連本を読んだけれど、一言にまとめると、"イマに集中しよう"である。
なるほどとは思うけれども、私はなんだかんだ言ってセコい人間であるので、自分の市場価値を追い求めたり、打算的な生きたりすることを捨てきることは出来ない。

とはいえ、市場価値や将来の目標などの打算さえも、イマに集中する事で達成出来るというのがマインドフルネスの考え方なのかもしれない。私もあまりマインドフルネスを理解しているわけではないので、迂闊なことは言えない。気を悪くされた方がいたら申し訳ない。

ストック的な考え方であっても、フロー的な思考であっても、おそらく人は自分なりの幸せを手に入れるための多かれ少なかれ"真理"を追い求めているのだと思う。
"イマに集中することが真理だ”という考え方はあるだろうけれど、それだけではやや味気ない気がする。それを真理としている方には全く干渉する気はない。実際、それが人生における一つの真理であることには賛成するところがある。
個人的には、それではまだ腹落ち感がない。人生は長いのだから、色々考えを張り巡らせて、私なりの真理に近づくしかないだろう。

一方で、"真理"を得てどうするの?という疑問は当然ついて回る。真理とは、何なのか?
汎用的なモデルのようなもので、人生における課題に直面したときに、その真理に基づくことが出来るような、思考軸みたいなものか。
そんなものはない。それなら、最初から宗教に入信するのがいいだろう。名の通った宗教なら信頼も実績もある。(一部のカルト宗教などは除くとして)

ストック型・フロー型いずれのアプローチであっても、人生の先になんらかの真理があるように考えている人が多いのかもしれない。(私もそうだ。)
でも、ないのだ。多分ない。

最近、大きめの本屋に行って、夥しい数の本を見た時、これを全部読んで真理を得たとしてどうするの?と思った。
(ちなみに、これはストック的なアプローチであり、真理を得るために、俗な言い方をすれば、賢くなって凄く価値のある思考が出来る人になろうと頑張るアプローチだ。)

・読書は楽しいからするのだ
・読書は目的に基づいて行うべきだ
・実行に移さないと意味がない
など色んな読書論がある。私も全てに同意だ。

一方、なんだかんだ読書という行為の根底のニーズは、人生の真理に近づきたい、というものだと推測する。
でも、真理を得てどうするの?という話である。
人に真理を語る評論家になっても意味がないだろう。

あなたがやっとのことで試行錯誤して習得した真理はあなただからこそ腹落ちしているわけで、それをどれだけ詳細に語ったところで、他人が分かるわけがない。

こんなことを書いているが、私は別に人生に絶望しているわけではない。

繰り返すように、これらの本を全てを読んだ時に得られる読書体験/知識を持って、人生における極めて抽象度の高い真理を得たいと思っても、そんな真理はないという絶望的な結論になるだろう、ということだ。
あくまでもこの命題は、人々が持つ読書の目的が、抽象化すれば"人生の真理に近づきたいという潜在意識の上に立つというものになる”という前提ありきなわけであるが。
読書をする際に、無意識に真理を望んでいるとしたら、そんな上手い話はないよななどと考えていた。

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