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時間の経過

数日前に、カズオ・イシグロの"遠い山なみの光"を読み終わった。
最近まで"日の名残り"と"私を離さないで"しか読んだことなかったが、最新作の"クララとお日さま"を読んだのをきっかけに、他の作品も辿ってみることにした。次は、"忘れ去られた巨人"。

素晴らしい作品に出会うと、それが最上で、これ以上冒険するのが怖いと勝手に自分の中でバリアを作ってしまうが、幸いにもそれは杞憂だった。
依然として、"日の名残り"が自分にとって特別な作品なのはやはり変わらないけれども、他の作品も色々自分の感情を醸成させてくれるような作品であった。
忙しい日々の中では、感情の揺れが限定されるので、意識的に良い読み物もとい芸術作品にふれる時間をとる必要があるなと感じる。
そういえば、村上春樹氏がユニクロのウェブメディアのインタビューにて、"(SNSは)大体において文章があまり上等じゃないですよね。いい文章を読んでいい音楽を聴くってことは、人生にとってものすごく大事なことなんです。"と答えていたのが印象的だった。
ちなみに、私はその記事をSNSで知った。こりゃだめだ。(でも、SNSは"発見"には向いているような気がする。私もその記事をたまたま見つけたので。)

私は素晴らしい本を読んでも、情けない話だが、素晴らしかった以上の感想が出てこず、何が素晴らしいのかをうまく表現出来ない。
うまく言語化するためには、メモを取りながら、もっと時間をかけてしっかり読まないといけない。

ありがたいことに、"遠い山なみの光"には訳者の小野寺健氏と、作家の池澤夏樹氏の解説があった。
解説内容そのものとはあまり関係ないが、作品を言葉で表現するには、他の作品や、同じ作家の別作品と比べる"相対化"が基本的な技術なんだなと勉強になった。(あとは、アカデミックな知識に基づく裏付けも一つの代表的なセオリーだろうか。)

小野寺氏のコメントの中に、"カズオ・イシグロのいくつか作品には時代環境の変化に伴う価値観の変容に直面した個人が自分の過去をどう捉え、清算するかというテーマが共通してある"とあった。 純粋になるほどなと思うと同時に、これまで読んだ作品のいくつかのシーンを想起させられた。

時が経つと、色んな状況が変わっていき、今の価値観と過去の価値観を照らし合わせて、思い悩んでしまうことはある。また、新しい時代の価値観を受け入れることが出来なかったりする。
ある世代と別の世代の人は深い意味では価値観を全く共有出来ないことが往々にしてある。
驚くべきことに、"同じ文化・違う世代"の価値観の違いは、"違う文化・同じ世代"のそれよりも、大きかったりする。直感とは異なる話だが、十分に相容れる話だろう。

時間の経過というのは不思議だ。時間が立つことによってのみ変わる状況・解決する問題は思いのほか多いのだろうなと最近考える。
このブログも初めて1年以上経ったぐらいで、最近、一年前のブログとかを読んでいると、この時、こんなフラストレーションが溜まってたなと思い出す。

最近、新しい仕事に従事する中で、まだまだ分からないことだらけで手さぐり的に進めている。
その仕事は難しいかと言われればYESだけれども、一方で、何か工夫や思考が必要かと言われれば、おそらくそうではなく、突き詰めると単純な知識不足に起因すると思う。
さらに、その知識不足は自習して身に着ける類のものではなく、業務フローの範囲内であり、仕事を通じて覚えていくようなものだ。
したがって、時間が立てば解決するだろう。つまり、1年後同じことでは悩んでいないはずだ。そのころには、また新しいことに悩んでいるはずだけれども、それが現在の延長線上にはないものでなければならない。もし仮に知識不足だったとしても、専門性として、技術研鑽可能なものであれば問題ない。
上記を書いて気付いたが、仕事における専門性というのは仕事に通ずるものではなくてはいけない(文字通りの理論ではない)はずだが、現状の社内の業務フローの範囲内にあるものと、それ以外のものがおそらくある。"現行の業務フローにはないが、需要があるもの"がそれにあてはまりそうだ。

先日、ある方に質問していて、"これから考えは絶対変わるよ。世界が変わっているから。もし、誰かにお前の考えはコロコロ変わってるなと言われても、当たり前だと言い返しておけばいい。逆にどんな考えが浮かんでもそれにとらわれるな。"というアドバイスをしてもらった。
その通りであるからこそ、業務知識を吸収するのみの繰り返しで日々が過ぎていくのは健全ではないなと思う。
焦らず、待つことが肝心というほど事態は単純ではないとは思うので、落ち着ける環境でしっかりと思考する時間や、冒頭で引用したような上等な文章に触れるような時間が必要だ。
また、計画が無意味だという話でもなく(多分ないよりあった方がいい程度のもので)、予想の正答率を計る必要はなくとも、自分の予測していた将来と現状の差分は時間をとって振り返らないといけないと思う。

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