階段イップスって知っていますか? 私はその階段イップス持ちなのですが、言ってしまえば階段をスムーズに降りられないという症状です。 階段を降りるときはとても神経をつかって慎重に降りなければいけません。(これは運動神経とはまた別で、私自身運動神経は人並みで、運動習慣も一般的な人よりもあるほうです。)
感覚としては、階段を降りる距離感やリズムがわからず、常に足を踏み外さないかヒヤヒヤしているイメージです。実際、踏み外して何度かこけたことがあります。
とても混雑している駅の階段なんかは本当に冷や汗もので、私だけとてものろのろ降りています。出来るだけエレベーターで階を下ることが多いです。
病気かどうかはわからないのですが、多分脳の問題だろうと調べたら出てきます。
日常生活に致命的な影響があるかというとそこまでではないですが、割とストレスを感じます。ちなみに、階段イップスにもその症状の強さはその日の体調や疲れに伴って変わり、ストレスが多かったり、睡眠時間が短かかったり時期などは一層感覚が掴めません。一方、完全に体調がいい日は他の人と同じぐらいの早さで降りることが出来ます。
ひとりのときならまだしも、知人と一緒にいるときは私だけ遅れるので非常に迷惑がかかります。特に、階段が苦手なんだよね、とフランクに言い合える関係性の友人ならまだしも、一度職場の同僚の方々と数名で階段を降りていたときは、そっと一番後ろに回って、自分だけゆっくり降りました。 降りた後、ひとりの同僚が、私の症状を知っている別の同僚から階段苦手って話を聞いたよ、大丈夫ですか?といわれて、バツが悪かった記憶があります。
他にも、急勾配な階段がある美容室に通っていたときに、髪を切った後階段の下までお見送りをされたのですが、非常にプレッシャーで困りました。階段苦手なんですよね、という話をしても、相手は軽い冗談だと思ったのか、はあ、と少し困っていました。そりゃそうですよね。
私程度でさえ、そこそこ苦痛を感じるのですから、身体が不自由であるとか、障害を抱えている方は比べものにならないぐらい大変でしょう。
私のこの症状は先天的なものではなく、社会人になった頃ぐらいから、この症状を自覚しました。それと同時期に、世の中上りエスカレーターしかないことがとても多いことに気づきます。
これは厳密な数字はないのですが、どちらかといえば下りの方が少ないですよね。 ご年配の方など中心に上り階段の方が身体への負担が大きいからでしょうか。
下りエスカレーターをもっと配置しろという話をしたいのではなく、やっぱり不自由を感じる側になってみないとわからないことっていうのはあるのだなと感じています。
これは当然階段だけの話ではなく、バリアフリー全体はもちろん、いろんなトピックに敷衍出来る話だと思われます。
あらゆる課題に対して、解決しようと試みる実行者と、その恩恵を受ける人は必ずしも一致するわけではありません。
どういう課題があるか、どんな解決法があるかというのは実行者が、そのニーズを正確に読み取る必要があります。
ヒアリングでおおよそはカバー出来るかもしれませんが、認識の交換だけではなく、よりよい制度設計にはそれを超えた双方の想像力もまた不可欠です。
また、そもそも課題が見つけられているのならまだ幸いで、まだ想定すらされていないものもあります。そのひとつの理由としては、課題を抱えている方からみたら、それがデフォルトになっているからです。
ではどうするかという話ですが、個人的にあまり望ましくないなと思う安易な結論としては、ただ声を上げていこうというものがあります。そもそもそれが認識されていないから声はあげられないという点と、課題解決実行側にプレッシャーを与えすぎてしまい誰も動きたくなくなるという点で、あまり望ましくないと思っています。
課題を感じている人と、課題解決実行者が一致するかどうかというのは、ひとつの理想型かもしれませんが、必須条件ではないでしょう。
この件に関してはこれ以上何かいいアイデアが出てこないので一旦終わりにします。
トピックとして取り上げたかったのは、やっぱり不自由を感じてやっと見えてくる世界の一面があるのだなということです。当然誰が悪いわけでもなく、ポジティブに誰かのせいにせず、どう解決するのがいいのかというのを考えることに意味がありますよね。
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