ZUUHE BLOG

自分のやりたいようにやる

仕事において、"自分のやりたいようにやる"ことに一種の嫌悪感を持っていた。
独善的に思えるし、身勝手で他人を振り回すように思えたからだ。
当然、そうならないように注意するのは必要であるが、今の私にとっては、自分のやりたいようにやることの必要性を痛感してきている。

様々な懸念が、場面場面で私自身の仕事を窮屈にさせている。

現在の仕事も含め、自分のキャリアを振り返って本当に勿体ないことをしたと感じる。もっと合理的、嫌な言い方をすればより意のまま機械的に進めるべきであった。 不要な"思いやり"みたいな余地が多すぎたと反省する。

反省点として、ある程度それぞれの領域に知見のあるメンバーを集めていれば自分が一人で考えるよりうまくいくだろうと思ったり、この前提条件はもう変えられないだろうと思い込んでしまっていたことが多かった。
抽象的なので、こう書いてみると、それはお前の力不足だろうという話だが、仰る通りで実際目の当たりにすると自分はうまく対処出来てなかった。

ラストトマンシップといっては非常に仰々しいかもしれないが、自分が最初から覚悟決めて、全部まとめてやりきってやろうという気概が足りなかったように思える。
自分よりもそれぞれ専門性があるメンバーがいるから、それぞれの考え方を集約して、プロジェクトを進めていけば改善できるだろうと思っていた。

意識的には、自分が設計した方針が他者の経験よりもベストプラクティスに近いとあまり思えなかった。自信がなかった。逃げていたかもしれない。

しかし、一度覚悟決めて、全部自分がそうすべきだと決めて進めると解消出来ていくようなケースも多い。
これまで、とりあえず他人に任せていたような結果になる。それではやはりいけない。
偉そうに驕っているように聞こえるかもしれないが、これは本当に自分が悪かったと反省している。時間を無駄にした。

今自分が仕事を請け負っている先の上司から求められている役割がやっとわかってきた。

中途半端に他人に任せていたからこそ、納得がいかないことがあっても、ただただ消化不良でストレスが残るケースが多かった。
自分がやりたいようにやっていないと、フリーライドするだけの人や、不要な人間関係の軋轢が生まれて非常に消耗してしまう。
私自身大した能力はないかもしれないが、少なくとも自分の頭で考えてはいるだろうとは思う。自分自身を信じていなかった。
"評価は他人がする"という原則は変わらない。しかし、だからと言って、"自分が正しいと思ったことをする"ことが不要であるわけではないことがやっとわかった。

もう自分ももっとプロフェッショナルである自覚を持たなければ、自分が思った通りにやらなければとここ最近やっと気づいた。

Tweet

© 2022 ZUUHE