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ショートショート短編_介護疲れ

唐突だけれども、週末の気晴らしのひとつで、ショートショートの短編小説を書いた。せっかくなので、ここで公開する。

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【タイトル:介護疲れ】

 「ヤマグチさーん。ヤマグチタケオさーん」
都内の介護施設で看護師が焦りの表情でキョロキョロしながら施設内を探している。

「またか」磯山は頭を抱えた。今月で2回目だ。目を話すとすぐに施設からいなくなってしまう。担当であるため、探しに行かなければならないのは自分だ。他の患者のケアを行いながら、常に担当患者に対して注意を払っているつもりではあるものの、ずっとは見ていられない。担当するのは、元気な患者ばかりで、入浴させたり、食事させたりするたびに拒否し、暴れまわるものも多い。さきほども、「こんなものを食べたくない!」と食事の乗ったお盆を病室のドアのところまで投げた患者がいて、時間をかけて隅々までふき取り、ベッドシーツを変え、新しい食事トレイを用意し、何とか食事をしてもらうのにやたらと時間がかかった。ようやくひと段落ついたと思ったら、施設を抜け出した知らせが届く。勘弁してくれよ、とうなだれる。

 施設長も申し訳なさそうに、「磯山さん、ごめんね。ヤマグチさん迎えに行ってくれるかな?他の患者さんは見ておくから。」
 「行ってきますね。すみませんが、よろしくお願いいたします。」磯山は手短に言い残して、上着を来て出ていく。
 前回、ヤマグチさんがいたのは新宿で、おそらく今回も同じだろうという目途を付け、足早に向かう。家族がいうには、ヤマグチさんが痴呆症を発症する前に、新宿に出かけることが多かったらしい。身体が自然と以前よく行っていた場所に赴いてしまうのはヤマグチさんに限らずよくある。前回は、2時間ほど歩き回った挙句、ようやく歌舞伎町のチェーン居酒屋で見つけることが出来た。まずはその居酒屋にいってみて、店長らしき人物に聞いてみるもののいないという。

 またあてもなく、この広い新宿で徘徊するヤマグチさんを探すのかと思うと、ぞっとする。脚の疲れも日々蓄積されていくし、最近は以前よりも一層疲れがとれにくくなってきた。そもそも磯山はこのあたりに普段の生活でほとんど来たことはないから、土地勘がない分ストレスがかかる。

 一度休憩しようと、喫茶店に入る。アイスコーヒ―と小さなケーキを注文し、椅子に深く座り、少し目を瞑る。どんな時間帯でも人が混んでいて、磯山の席の周辺には、七十代・八十代ぐらいの6名のグループが談笑して盛り上がっているのが聞こえる。大声で談笑する一同の声が磯山を苛立たせる。この前の飲み会がどうだった、二日酔いだと声を張り上げて話す彼らの話題を聞いて、途方もない追い掛けっこをしている自分とのギャップに苦笑してしまう。これ以上いても、疲れがとれるどころか、より一層疲れが増すばかりなので、急いでケーキとコーヒーを口に押し込んでカフェを出ようとしていたところに、ヤマグチさんの家族から電話が来た。

 「磯山さん、居場所が分かりました。」

 「ありがとうございます。どこですか?」

「トーヨコってところにいるようです。申し訳ないですが、迎えにいってもらえますか?」

「分かりました。今から向かいます。」会計をして、出ていく。トーヨコにいったことがなかったため、店員に場所を聞いた。

トーヨコにつくと、ヤマグチさんが座り込んでいるのが見つかった。

「ヤマグチさん、勝手に抜け出しちゃいけませんよ。」磯山が声をかけると、怒ったように、「お前は誰だ!あっちいけ!俺は知らんぞ!」と叫んだ。

 「帰りましょう。ご家族も心配しています。」となだめた。その後十分程度なだめる時間があり、ようやく説得し、一緒に歩き出すことが出来た。

 施設までの帰路、こんなことがいつまで続くのだろうかと磯山は思いにふけった。磯山の周りにも同じように、迎えに来た介護士らしきスタッフが多い。迎えに来たスタッフは老人ばかりで、患者は全員若者ばかりだ。ヤマグチさんも先月26歳になったばかり。磯山は現在67歳である。

 数年前に痴呆症の特効薬が開発され、世界中の痴呆症の症状が劇的に治り、ボケがなくなっただけでなく、まるで若者のような元気な老人も少なくない。しかし、それに反比例するように、原因不明の若者を対象にした痴呆症が大流行し、「ボケる若者」が増えている。若者向けの介護施設が年々増え、原因も治療法も全く見つからない。介護する側の若者もいなくなり、人手が足りず、磯山のような老人の介護スタッフが急増している。いつまでこんなことが続くのだろうか。

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以上。
試みとしては、3つランダムキーワードを出して、ストーリーを考えて書いた。
今回のキーワードは「新宿」「徘徊」「小さなケーキ」。
新宿から「トーヨコ(東宝シネマズ横の若者のたまり場)」を想起して、あれが逆に老人の介護現場の場所になったらおもしろいかもしれないなと感じて書いた。
小さなケーキに関しては、ずっと前に新宿東口のルノアールでケーキを食べたような記憶があり、おまけ程度にそのシーンを書いた。
ストーリーの骨子を考えるところから、執筆完了まで2時間ぐらい。
以上。ではまた。

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