任せちゃった

「仕事を任せてしまった自分が悪い」という言い回しは、傲慢で嫌味な印象があるので好きではない。それがいかに自責であるかを強調していたとしても。

ただ、そういう事象が最近発生してしまった。

あるプロジェクトで、成果に直結する中核の工程にはかなり本気で取り組んだ。

一方で、それを支える周辺の工程――品質管理や素材の準備、数値の計測といった部分を、協力者に丸投げしてしまっていた。

協力者も業務過多になっていたし、経験の浅い人にも任せていた部分もあり、やはりアウトプットに甘さが出た。

忙しさにかまけて、ラクをすることに慣れていた。

トータルで想定した結果が生まれていたからいいだろうという状況が自己採点の甘さにつながった。

たとえ、数字上の結果が出ていたとしても、ぼんやりとした不安が脳のリソースを奪っている感覚になった。

全体の工程を騙し騙し回せてしまう程度には経験があるからこそ、「回っている」という状態に安心して、ひとつひとつの工程へのこだわりが下がっていた。

しかも、他社からオペレーション改善の相談を受けたときには、まさにこのような部分をヒアリングして偉そうにアドバイスすることが多いため、自分のプロジェクトでそれができていないのは恥ずかしい。

反省して、周辺工程をひとつひとつ立て直すことにした。

工程ごとに適切な人を新たに探して交渉し、分業の設計をやり直し、フローを整備した。

結果として品質は予定通り改善したし、それぞれの担当者の負荷も下がったし、自分の時間も増えた。

さらに、副産物としての気づきで、この整備作業そのものに没頭できたことだ。

直近の他の作業と比べても、明らかに興奮を自覚できるぐらい楽しかった。

得意な工程に集中するために、それ以外を「誰かに任せる」のではなく、「誰に・何を・どう任せるか」を自分の手で設計する。

この設計して手を動かして経過を観察することこそが、自分にとって得意な工程と同じぐらい重要で、同じぐらい面白い作業だった。久しぶりにそれを思い出せた出来事だった。

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