仏教のお勉強

最近、仏教を軽く勉強し始めている。中高は仏教徒に分類される学校に通っていたが、仏教そのものに関する教育がほとんどなかったので、いろいろ新鮮な気持ちで学んでいる。正確には、教えられたかもしれないが、全くもって興味を持てなかった。

きっかけは、宗教のイメージとしてありがちな「なぜ苦しいのか? それは神の試練、あるいは罪の結果である」というのはキリスト教などの西洋的なアプローチであるのに対して、「なぜ苦しいのか? それは対象に執着しているからだ。執着があるのは、対象が不変だと誤解しているからだ」と論理的(科学的)なアプローチを試みているというのが非常に興味深いと感じたからだった。(いずれも優劣などはつけられるはずではないし、私が無知なだけで、どちらにも似たようなアプローチがあるかもしれない。)

仏教に限らず、”一見そうは見えないが、実は論理的な構造で出来ているモノ” に惹かれるのかもしれないと気づいた。(あるいは、程度の問題だが、すべてそうなのかもしれない。)

恥ずかしながら、お釈迦様と呼ばれる人が、どこの国の人で、どういう時代の人かもわからなかった。

常識の範囲だと思うが、世界史を熱心に勉強したことがなく、ざっくり10年ほど前に「教養ブーム」があったときにも感化されて、幾度か宗教や世界史を学びなおそうと思ったが、何が面白いのか分からず、何回も挫折してここまで来てしまった。

今回は、私も学びながらアウトプットしようと思うので、いつもの思考をつらつら書くテイストではなく、仏教を簡単におさらいするブログを書こうと思う。

入門書レベルのものを5冊ほど流し見して、ちょこちょこWebサーチをしただけなので、正確には違う部分も多々あると思うので、そこは勘弁。

まず、お釈迦さんと言われる仏教の祖・釈迦(ブッタ)は、B.C.500ぐらいの人で、当時は国境などがあいまいなため、正確な人種はわからず、現代の地理的に言えば ネパール人、実質的にはインド人 らしい。

釈迦は、王族として生まれたが、かねてから宗教的なことに関心が強く、伝統的な応急の民として生きることを放棄して、29歳ぐらいで家出して出家した。

出家にまで至ったのは、下記の問いの答えを見つけたかったからである。

「自分もいつかは老い、病み、死ぬ。この苦しみから逃れる方法はないのか?」
これがすべての根源であり、仏教が存在するための命題と言える。

当時、「体がいじめ抜けば、精神が研ぎ澄まされる」という考え方が主流だったので、とりあえずその修行を6年間ほどやってみた。

でも、答えが見つからないので、「体を壊すだけの無理は、意味がない」と気づいた彼は、ここで苦行をやめる。

苦行をやめた彼は、川で汚れを落とし、スジャータ (新幹線で買えるあのスジャータのアイスの語源)という娘からもらった「乳粥」を食べて体力を回復させた。

体力を回復して、「(悟りを始める前の) ぜいたくな暮らしもだめだけど、苦しいだけの修行も意味ないなぁ」と考え直し、菩提樹(ぼだいじゅ)という木の下に座り、「答えが出るまで絶対に動かない」と決めて瞑想に入る。
結果的に、悟りを得ることに成功する。このとき、35歳。そこから、45年ほど教えを説き続ける生活をして、80歳にて死去。

代表的なエピソードとして、弟子に「神はいるのか、死後の世界はあるのか」と聞かれても答えず、「毒矢が刺さっているのに、矢を作ったのは誰か、材料は何かを調べてから抜くと言う人間がいたら、どうなるか」と返したものがある。

今解決すべき苦しみがあるのに、答えの出ない問いに時間を使うなというエピソードだ。一般的に仏教は輪廻転生とかそういうイメージがあると思うが、そもそも死後の世界に関して意図的に言及しようとしていない。

やや話はそれるが、おもしろいので、日本にどう伝わったかという話をここで入れたい。

日本の仏教は、中国から伝わってきたもので、オリジナルの仏教から改変されたバージョン「ネオ仏教」みたいにとらえるのが実態に近い。(良いか悪いかは関係ない)

中国にはもともと道教という仏教の教えに似た宗教があったので、抵抗なく受け入れられた。(その後、仏教が勢力を持ちすぎて排斥されてしまう。)

いずれにせよ、オリジナルの教義自体が原液で本質ではあるが、非常に難解であり、「わかりやすくするために改変せざるを得なかった」というのが正しいように思える。

大乗仏教・小乗(上座部)仏教の2種類あり、前者が日本が仏教と認識しているもので、後者がオリジナル。違いとしては、救いの対象が前者の方が広い。わかりやすくいうと、浄土真宗や浄土宗のような「修行できない一般の人でも、信じるだけでOK」というニュアンス。

仏教に対する捉え方の違いの一例として、日本では、仏教は葬式を代表とする儀式にかかわる坊さんが多いが、そもそも釈迦は死後の世界の有無も明言しておらず、「死後の世界とか考える前に、修行せんかい!あと、葬式みたいな儀式にかかわるな!」と間逆のことを言っていたりする。

ちなみに、これはキリシタンが流行りだした江戸時代に、キリシタンを排斥するために幕府が寺請制度(てらうけせいど)という全国民をどこかのお寺の檀家(だんか)に登録させた制度があったためで、お寺が一種の「役所」のようになり、戸籍管理や葬儀・供養が主な業務になりました。

教義に対する解釈が物理的に離れると変わるというのは興味深いが、仏教に関係なく、宗教(教え)を伝播するにあたって、信仰のハードルが下がるというのは必然的な変容だと思う。急に外国からスーパーストイックな説教をされても、誰も信じないことは容易にイメージがつく。

ビジネスでたとえるならば、本社から物理的に離れたオフィスにいる支店は、本社のメンバーが常駐してコミットし続けない限り、同じ会社であっても、本社のカルチャーを引き継ぐことは難しいという感じに近いだろう。

さて、インドから、中国と朝鮮半島を経由して日本に伝わるまで、約1,000年以上の時間がかかっている。

はじめての仏教が日本につたわったのは、公式には、仏教公伝という538年の出来事 (552年)の出来事で、朝鮮半島の国、百済の聖明王の使者が日本の欽明天皇に釈迦如来の銅像、経典(お経)、仏具などを献上したとのこと。

百済は、朝鮮半島の内紛のバックアップとして、たびたび日本に軍事援助を依頼しており、その見返りとして、上記の伝来があった。

(※ 今回は朝鮮半島経由だが、宗教だけではなく、日本は、基本的に中国から最先端のテクノロジー・カルチャーを伝播してもらって、国内の文明をアップデートすることの繰り返しをしてきた。海外の権威性を使って、国内の政治を動かすというムーブメントが日本のお家芸と言える。)

また、その仏教を日本の根底思想として政治に組みこもう!としたのが、「厩戸王(聖徳太子)」である。

これまで、聖徳太子って、よくわからないけど、憲法や制度作って、めっちゃ人の話聞くヤツぐらいにしか思ってなかったが、「思想を使って国をシステム化しようとした」実務派プロデューサーという視点が増えた。

聖徳太子が活躍する前の日本は、中央集権国家ではなく、豪族が「わいの先祖は神様なんや!利権はワイがもらうで!」と色んな豪族がイキりちらしていた。

そんな折に、仏教が海外からやってきたので、「なんやわけわからん宗教が入ってきたで!あんなん信じてたまるか!」とする豪族・物部氏。

対する蘇我氏 (聖徳太子の親戚の陣営。トップの蘇我馬子と聖徳太子は「叔父と甥」の関係)は、「仏教をもとに、中央集権国家を作ったほうがええんちゃうか?」と真っ向から対立。結果的に、物部氏を打ち破ることに成功した。

豪族である蘇我氏は、もともと朝鮮半島からやってきた渡来人(今でいう高度外国人材)を自分の配下に置いていた豪族で、朝廷では財務担当をしていた。

物部氏は武力を管轄していている強い豪族だったのだが、蘇我氏は「財 & 最先端インテリジェンス集団」だったので、CIAが戦略的にメキシコマフィアを潰すようなイメージで争いに勝利することができたわけである。

こうして、聖徳太子は、叔母の推古天皇が天皇に即位した段階で当時20歳。「摂政」(COO的な役職)に就任。

その仕組みを整える一環として、それぞれの豪族を野放しにするのではなく、天皇をトップとして組織戒律の制定と、仏教をもとにした公式ルールとすることを明記した十七条憲法を制定したことに加えて、「血筋」ではなく「仏教をちゃんと学んだインテリ」を抜擢する冠位十二階の制などを設定した。

聖徳太子が死んだあと、また蘇我氏が暴走し始めて、大化の改新につながったりするが仏教からまた話がそれすぎたので、日本に関しては一旦ここまで。

長くなったが、話を釈迦の話に戻す。

教えにはさまざまな概念があり、ここに書いたらキリがないどころか、そもそも私がその深い教えを理解していないので、ここでは、私がとっつきやすいと感じ、面白いと感じた概念を書くことにする。

ただ、抽象的な話になるのでその前提で読み進めてほしい。

「自分もいつかは老い、病み、死ぬ。この苦しみから逃れる方法はないのか?」
というのが仏教がはじまる本質的な問いということを書いた。

この問いを探求するには、「なぜ苦しいのか」原因を探らなければならない。
なぜ苦しいのか。「煩悩」があるからだ。
「欲しい」「今よりも向上したい」という欲求があるからだ。

それに対する解としては、すべては「空」であるというものだ。
つまり、私たちが手にしたもの、あるいは手にしたいものに対して「これは不変で、確固たる価値があるものだ」と固執(執着)してしまうから煩悩が生まれる。
だから、すべては「空」だと捉えよ、という主張である。

「空」とは、「有」でも「無」でもない。
あらゆる「関係性」によって存在する「実体を持たないもの」である。この「関係性」というのがキーワードだ。

ときに、「私は悟った」と語る人が「すべてのものに意味はない」と捉えるケースがある。それはニヒリズムであって、すべてを「無」とする捉え方であり、「悟り」とは異なるものである。

決して、「何にもならない、意味がない」という受動的(消極的)な捉え方ではなく、むしろ「どういう意味とでも解釈できる」という能動性を帯びている。
ただし、何でもなれる!というポテンシャルとはまた違う。これが面白いと感じるところ。
すべてのものは、あらゆる関係性によって成立しているのであって、何にでも形を変えられるという意味合いではない。条件が変わると全く別物になる。

たとえば、「私」も仏教の文脈では、1児の父親である、小さな会社を経営している経営者でもある、妻の夫である、大阪に住んでいるなど、相対的な関係性の上で成立する実態のないものである。どうとでも捉えることもできるが、逆に言えば何にでもなれるわけではない。

ボルトのように足が速くなれるわけではない。なぜなら、ボルトもあらゆる関係性の中で成り立っているもので、私を成立させている条件の前提とはまるっきり異なるからである。

「ダイナミズムの姿勢がありつつ、関係性を前提とした一回性」が両立するのが最も面白い点だ。普通なら成功した場合に再現性をもとめてしまうし、逆に失敗した場合にその失敗の繰り返しの不安を覚える。「成功の謙虚さ」と「失敗の切り離し」のいずれも解釈が可能であることであり、条件を見る目を養うことが求められる。

大分長くなったが、最後に仏教に対する面白い批評を紹介しておこう。

前提として私のように、仏教の科学的なアプローチに関心を持って、ハマって勉強する層というのは非常に多いらしい。西洋を中心に、瞑想ブームがはじまったぐらいから、この仏教的思考を称賛するムーブメントが多くなった。

それに対する批判的な見方として、もともと仏教に造詣が深い認知科学領域の専門家であり、哲学者のエヴァン・トンプソン『仏教は科学なのか ― 私が仏教徒ではない理由』という書籍が面白かった。(※ とはいえ本書は非常に難解なのでパラパラ読んだ程度)

彼が主張するに、そういったムーブメントの特徴として、「仏教は宗教ではなく心の科学だ」「他の宗教と違って合理的・経験的だ」というものがあるらしい。

つまり、仏教が合理的・科学的であるから、他の宗教より本質的に優れていると考えている連中が多いんじゃないか?ということだ。極めて鋭い考察である。

さらに、仏教を科学とした思想をベースとした「瞑想をビジネスに取り入れよう」といった過度の商品化に警鐘をならす。

彼はダライラマと哲学者として対話するぐらい「仏教ガチ勢」なので、決して仏教に対するアンチではない。並みの仏教のお坊さんよりも知識も思想も詳しいはず。

主張としては、「例外的に正しい宗教」としてではなく、異なる知的伝統との対等な対話の中に位置づけるべきと主張する至極まっとうな意見である。

私のように仏教を聞きかじって「仏教はすごい!」と妄信しかけたニワカのストッパー的な役割を担ってくれている。

以上。

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