面白いブログを書くためのコツ

面白いブログを書くためのコツについて。

一般的に、面白いは客観的評価によるものだが、それを考えるときりがないので、いったん主観的評価をもとに面白いブログとする。

私のブログは下記3つのうちのどれかである。

① 書いていても楽しいし、手ごたえがあって面白いブログになったもの
② 書いていて楽しかったが、面白いかどうかはわからないもの (※ 過去のRIZIN観戦記や阪神タイガースなど)
③ 書くことが目的にしたものであまり面白さという点ではそこまで自信がないもの

自分のいつもの感覚を分けたため、MECEではないが、こんな感じだろう。

ボリュームゾーンでいうと、③ > ① > ② の順。

とはいえ、全部に価値がある。しいて言うならば、③に最も価値があると思っている。

脳の状態がよかったり、いいネタが思い浮かんだ時に書いたら①になるため、手ごたえがあるものを書けるのは当たり前だ。

だから、「とりあえずブログ書いておくか」と感じながらなんとか書き上げて、ブログという形で公開する③に最も価値がある。

そして、今回も③である。

最近はブログを書くよりも、気になったことを生成AIに壁打ちすると想像以上に面白い答えが返ってくるので、それを構造化して、ドキュメントにまとめて満足し、ブログ公開まで至らないことも多くなってきた。

というのも、生成AIの思考整理のレベルが高すぎて、アウトプットにおける「私」の比率が少なすぎて、自分のブログとして公開するのが憚れるからだ。さらに、内容が自分自身へのわかりやすさを重視しすぎて、あまりにもニュアンスが伝わりづらい (極端な言い回しが語弊を生むリスクがある)ケースが多いという怖さもある。

もともと、このブログもまったく別のトピックを書こうとしていた。読書していて面白い着想が思い浮かび、ブログのネタになりそうだ!と思ったものの言語化に詰まったので、生成AIに壁打ちしてみると素晴らしい構造化された思考が返ってきたので、一心不乱に深堀りしてドキュメントにまとめ終わったのがつい先ほど。

これをブログっぽくして書こうかと思ったが、先の理由で却下。

今回は自分自身への納得度合いをどうしても深めたかったので、生成AIを使って深ぼることを優先したものの、ブログとして書き上げたとしても冒頭の「① 書いていても楽しいし、手ごたえがあって面白いブログ」になっただろうと思う。

なので、もともと書きたかったものをボツにした代わりに、その面白いブログを書こうと思った着想のきっかけを抽象化してブログとして公開しておきたいと思ったわけである。

さて、面白いブログのコツについてだ。

それは、「過去に自分が抱えた違和感」をネタにすることである。

語弊を恐れずに言えば、その時は仕方なく受け入れたがずっとうっすら自分だけがおかしいなと思い続けた違和感である。

たとえば、過去に書いたブログを例に挙げよう。

このブログなんかはわかりやすい。
https://zuuhe.com/archives/200921_blog

昔、大学生のときにインターンしていた先の職場のメンバーが、「自分は泥臭いことをやってきた!」と公言していたことに対しての違和感を言語化したものである。

その職場も離れて数年たって、あらためて「自分は泥臭いことをやってきた!」と公言している別の人にあった時に、「そういえば当時その言葉にひっかかってたな」と感じてブログにした。

つまり、「ひっかかってた」違和感を言語化することが面白いブログを書く1つの方法に思える。

その違和感の言語化を、別の表現で表すのであれば、「まだ言語化されていないパターン認識」をすることである。

プロセスとしては、「なんか変だ」を「何が変なのか」に変換し、「何が変なのか」を「どういう仮説が立てられるか」という変換作業である。

そして、違和感と書いたが、喜怒哀楽でいうと、「怒」の感情にひっかかるような違和感であったように経験的には思う。

先のブログもストレートに怒っていて今読むとキレがあって面白いブログだと思う。仮説立てという内容ではないが、なぜそれがイラだったのかについて当時の私なりの論理立てがなされている。

そもそも、怒りの感情はそのまま向き合っていてもなんの生産性もないので、ブログを書くなどのメタ的に俯瞰しながら整理する作業は感情整理の点からも有効だ。

そして、その違和感の変換作業による最大の恩恵は、自分自身の仮説に論理を付けることで、過去の自分だけが感じていた違和感に意味づけすることができる。

単に自分をモチベートするというニュアンスではなく、言語化して仮説にできることでオリジナルの思考フレームワークとなる。

なぜ「怒」なのかについても、たぶん喜怒哀楽の中で「怒」だけが『世界がこうあるべきなのにそうなっていない』という規範意識と紐づいているからで、だから言語化した時にフレームワークになりやすいという点で説明できそうだ。

ブログのアウトプットに限らず、こういった言語化したうえでのオリジナルの思考フレームワークは、納得度が高い状態で使える点で強力である。

その思考フレームワークがあることで、今後同様の違和感を覚えたときに、認知負荷が極端に減る(そもそも違和感を持つことすらなくなる)。

年々様々な経験をして年を重ねていくと、論理的であることも大事だが、それ以上に自分が納得できるかという尺度が重要だということが分かってくる。

自分がどんな美徳を持っているのかに気付くきっかけのためにもなる。

そういう体験がブログを書く面白さだと思っている。

最後に、あなたも面白いブログを書いてみてはどうか。

以上。

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