30歳になりました

数か月前に、30歳になった。

以前ブログに書いたように、半年以上前に子供が生まれたので、スケジュールが子供中心になっている。

いうまでもなく、子供は非常に可愛い。可愛すぎて、ふとしたときにその愛おしい存在自体に感動して、涙が出そうになるときもある。

生まれて3か月ぐらいの期間を思い返す。あまり寝ない子で、1時間続けて寝てくれたらいいほう。夜寝てくれないのはもちろんのこと、日中起きている時間もほぼ泣いていた。

泣き止ませるには常にずっと抱っこして、歩いていなきゃいけないという状態が続いていたので、体力的にかなりきつかった。

そう考えると、今はぐずる時間帯はあっても、ギャン泣きする時間は夜泣き以外はなくなった。隔世の感がある。

子育てはもちろん、仕事も相当に忙しかったので、ストレスで頭がおかしくなりそうだった。今まで以上に仕事の効率を最大限あげて、仕組み化することに努めた。後手になってしまったが、育児がなければここまで本気になれなかっただろうと思う。結果オーライだが二度と経験したくない。

前にも書いたが、子供が生まれる前に大阪に引っ越してきたことは結果的にはとてつもないファインプレーだった。住環境を変えたことは間違いなくストレスを減らしてくれた。

最近は、子どもは日中も機嫌よくニコニコしていることが多くて非常に可愛い。ハイハイはまだだが、ずり這いで動き回っていて大変。

これからさらに大変になることは想像に難くないが、同時にさらにかわいいと感じる瞬間が増えるだろう。

私の両親も孫が生まれてから非常にうれしそうである。

たいして頻繁に会わせているわけではないが、「みてね!」(子供の写真共有アプリ) で共有したり、物理的にも妻がこまめにアルバムをつくって、定期的に私の両親に送ったりしてくれている。私の両親がそれをみて大喜びしているようだ。
(※ 「みてね!」はすごいサービスだ。驚くほど使いやすいし便利。)

近々、祖母に子供を会わせにいく機会がある。つまり、祖母にとっては、曾孫に会うわけだ。

自分の曾孫に会うというのはどういう感覚なのだろう。生命の神秘を感じざるを得ない。

子育てに関してはここまでとして、仕事に関してはかなり順調だ。いい意味での安定をしてきた。

独立してから巻いてきた種が少しづつ目が出始めたといってもいい。

感覚としては、これまでの散らばった経験がつながって実体をもってきたように思える瞬間が増えた。適切に経験を積んでこれているように思える。

ただし、この仕事の芽はまだまだ脆弱で、吹けば飛ぶようなもの。

振り返ると、ポートフォリオと思って仕込んだものの殆どは無理筋極まりない無駄なことばかりだった。寝てた方がマシだった。

身銭も切って、手を動かして、ヒリヒリしながら苦労したものでやっとうまくいくかというテーブルに乗る。

ここまで積み上げてきたものに囚われてほっと一息いれたい気分にもなるが、想定しているリターンから考えるとまだまた物足りない。

同僚を自分で選べるという最高の仕事環境は他に変え難い救いではあるが、クライアントワーク含め仕事自体は苦痛であるので、それ相応のリターンをどう作りあげるかを試行錯誤している。

引き続きリスクをとるべきタイミングを間違えないことが大事。

結果は運含めコントロールしようがないことが多いと考えるので、致命傷さえ避けておけば、長いこと時間をかければうまく行くと考えている。
(自分の身の回りでも、能力以前に、博打のようなやり方で失敗したりしているのをみる。)

さて、個人的な話としては、身体の調子にこれまで以上に気をつけるようになった。

ハードワークはもちろん、飲酒なども数年前よりも明らかに中長期的なパフォーマンスに影響することを感じる。ましてや、子育てもあるので、身体を壊している余裕もない。

さまざまな悩み事で、メンタリティの問題とされているものが結局フィジカルの問題に帰結すると痛感する。

運動を習慣化して、できる限り長く寝る。これがすべてのベースで、瞑想や思考法などはコンディションにおけるインパクトとしては相対的に少ない。

極端に言えば、大病患ったらすべて終わりだ。最近、がんの予防のためにPET検査も行った。この年齢で行く人間はかなり少ないだろうが、やはりこのあたりのリスクは発生した時の損失が大きすぎるので行っておくべき。

人間ドックは子供が生まれる前に行って問題なかったので、次は脳ドッグとかかな?

今回は以上。

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